【司法書士試験】司法書士事務所で働くと司法書士試験合格に有利なのでしょうか?
司法書士事務所で働く人のことを「補助者」といいますが、補助者の中には、司法書士試験合格を目指している方もいます。司法書士事務所で働くうちに、司法書士を志望するようになった方もいれば、当初から、試験合格のための勉強を兼ねて就職する方もいます。私も、これまで何人か後者のような方を見てきました。
実を言うと、最近まで、個人的な感覚として、司法書士事務所で働くことは、あまり試験合格のための大きなメリットにはならない気がしていました。もちろん、補助者をしていることが、必ずしも試験のためだけではない場合もありますが、合格のために事務所に就職することに、少し懐疑的な感情があったのです。
実際のところどうなんだろう、と少し気になったので、丁度令和4年度試験も終了した今、検討してみることとしました。
この投稿をするにあたり、司法書士試験の過去問に目を通してみました。ご存じのように、司法書士試験は、択一35問(午前)、択一35問(午後)、記述式2問(午後)で構成されています。
このうち、少なくとも択一試験分野においては、補助者の経験が生きることはほとんどないと私は考えています。
補助者の仕事というのは、本職である司法書士のサポートとなるため、その司法書士事務所の業務傾向によって得られる経験も異なります。仮に債務整理を多く行う事務所であれば、過払金手続や破産等申立手続等に精通していくことでしょう。これら実務手続を行うに際しては、補助者であっても、民法はもちろん、利息制限法、破産法等などに触れることもあることから、それら法律の理解も深まります。しかし、残念ながら、民法と利息制限法の一部を除き、これらの法律は、試験科目ではありません。
また、裁判系を多く受任する事務所においては、民法を中心に、各事案毎に必要な法令等に触れ、専門的な理解を得ることができるかもしれません。しかし、同様に、一分野における深い理解は高めることができたとしても、司法書士試験は、弁護士試験とは異なり、一分野への深い理解よりも、幅広い論点を習得することが求められている特色上、択一試験対策としてはあまり期待できません。
では、登記がメインの事務所であれば、どうでしょうか。商業登記及び不動産登記申請に日々従事することにより、登記の根本的な構造が自然と身に着くことは、確かに否定できません。しかし、ほとんどの登記事務所においてはルーティン的な業務が多く、作成する申請書も日々一緒であること、そして、そうした申請書を作成する際、択一試験知識である不動産登記法、商業登記法の一部について触れることとなりますが、それは定型の雛形を真似する感覚的なものに留まり、択一問題を解く上で必要となる知識、理解は不要なことを鑑みれば、対策としてはあまり期待できません。
結局のところ、どのような補助者業務であっても、知らない知識を吸収する取り掛かりにはなり得るかもしれませんが、択一問題を解答していく実力を養成するまでには至らない気がします。ある業務に従事する際に、知らず知らずのうちに、試験範囲である法令等に精通することも考えられますが、そもそも、司法書士試験の択一問題は、これまでブログ内で述べてきたように、上辺の過去問で勉強できるレベルではなく、論点をしっかり把握する必要があります。また、事務所によって、従事できる業務は限定的とならざるを得ないことから、試験で出題される論点の全てを経験できる訳でもなく、さらに、補助者として比較的ルーティン的な業務に従事する傾向も強いであろうこともあって、補助者勤務が択一試験に有利とは言えない気がします。
次に、記述問題対策としてはどうでしょうか。
記述試験では、不動産登記と商業登記の申請書を作成することが主に求められます。登記中心の事務所において補助者として勤務すれば、仮に全く知識がない状態であっても、日々申請書を作成することで、登記申請書の構造について学び、数週間もすれば、簡単な申請書を作成することができるようになります。
ここで令和4年度~平成29年度までの不動産登記記述問題の分野及び問題を見てみたいと思います。
司法書士試験 不動産登記記述問題の出題傾向
年度 | 分野 | 論点 |
令和4年 | 土地・建物の 相続、遺贈、根抵当権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・住所変更登記 ・遺贈による移転登記 ・相続保存登記 ・配偶者居住権設定登記 ・根抵当権移転登記(合併) ・根抵当権抹消登記 ・権利能力なき社団の知識 ・根抵当権確定事由に該当するか否かの判断 (根抵当権者による差押) |
令和3年 | 土地・建物の 吸収分割による移転、根抵当権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・住所変更登記 ・所有権移転 ・根抵当権債務者住所変更登記 ・根抵当権変更登記(会社分割) ・根抵当権分割譲渡登記 ・根抵当権変更登記 ・利益相反取引の知識 ・根抵当権確定事由に該当するか否かの判断 (債務者、設定者の会社分割) |
令和2年 | 土地の 相続、根抵当権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・法定相続分登記の更正登記(遺言書) ・根抵当権設定登記 ・住所変更登記 ・根抵当権債務者(住所)変更登記 ・所有権保存登記 ・根抵当権追加登記 ・法定相続分を超える持分の対抗力の知識 ・保証債務の公正証書作成義務の知識 |
令和1年 | 敷地権(賃借権)付区分建物の 相続、売買、抵当権、根抵当権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・住所変更登記 ・極度額増額登記 ・所有権移転登記 ・根抵当権確定事由に該当するか否かの判断 (設定者の死亡) ・事前通知及びその他の方法 ・敷地権の知識 |
平成30年 | 土地の 相続、売買、地役権、 地上権、根抵当権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・法定相続分による登記 ・所有権移転登記(成年後見有) ・上記の登記原因証明情報 ・地上権設定登記 ・地上権根抵当権設定登記 |
平成29年 | 建物の 相続、抵当権、根抵当権、 賃借権 | ・各申請の順番、添付書類、登録免許税額等 ・法定相続分登記の更正登記(相続放棄、遺産分割) ・上記の登記原因証明情報 ・抵当権債務者変更(相続及び債務引受) ・賃借権設定登記 ・優先する同意の登記 ・根抵当権確定事由に該当するか否かの判断 (債務者2名中1名の死亡、確定効の消滅) |
ここ6年間の不動産登記記述式問題を見ると、必ず、登記原因証明情報や理由等を文章で解答する問題が出題されています(黄色マーカー部分)。
こうした傾向は、私が受験した平成25年頃から始まったような気がします。それ以前の過去問は、受験当時もちろん目を通しましたが、文章問題は無かったように記憶しています。ここには掲示しませんでしたが、商業登記記述問題においても、同じ様な文章問題が毎年必ず出題されています。
平成30年は、「売買」の登記原因証明情報を作成する問題が出題されました。一般的な登記原因証明情報の内容に成年後見監督人の同意の項目を追加することとなります。実務上、「売買」の登記原因証明情報は、定型的な内容であることが多く、普段からこうした登記に慣れていれば、随分、問題を解くうえでの助けになるでしょう。一方、平成29年のそれは、代位により法定相続分で登記された後、相続放棄、遺産分割協議を原因(錯誤)とした更正登記の登記原因証明情報の作成が求められました。正直なところ、実務において、このような更正登記はレアケースであり、補助者経験が、直接的に生きる問題であったとは言い難く感じます。
また、それ以外の文章問題のうち、利益相反、事前通知あたりであれば、実務でも頻繁に発生しますが、本年度の権利能力なき社団、令和2年度の保証債務の公正証書作成義務などについては、補助者であっても、知らない方も多いかもしれません。
水色の線は、補助者であれば、おそらく作成をしたことがあると思われる一般的な申請です。こうして拾い上げてみると、意外と馴染みがある申請が多く、不動産記述問題の傾向として、実務に即した内容として出題されている点が見て取れます。もちろん、中には、あまりお目にかかれない申請もありますし、申請書が作成できても、物権変動を取捨選択し、順番とおりに申請することはまた別な話ですが、実務経験がある補助者であれば、比較的理解しやすい面はあるでしょう。
勘案すると、補助者をすることは、特に記述問題においては、アドヴァンテージとなる側面は確かにあります。一般の補助者業務は、雛形を用いるような感覚的なものになりがちですが、実務よりの傾向が強い記述試験においては、択一試験とは異なり、そうした経験を生かすことができます。机上の知識よりも、実務で得た経験の方が問題を解くうえで、取り出しやすいのは事実ですし、問題内容によっては、そうした強みが大きく出せる場合もあるでしょう。午後の部における解答時間短縮にも繋がります。
そう言えば、確か、私が受験した平成25年の問題では、「売買」の登記原因証明情報の作成を求められました。一般的な売買代金完済時に所有権が移転するという特約付きの内容です。私の回答手順は、①「所有権移転時期を売買代金完済時にするという特約は有効である。」②「したがって、その旨を売買の要件事実に加えた登記原因証明情報を作成すればよい。」というものでしたが、補助者経験のある方であれば、そんな思考すらぜずに、いつも見慣れた登記原因証明情報を作成するだけで済んだ、ということを司法書士になってから知りました。
一方で、補助者経験が、直接的に役に立つ問題ばかりでもありません。また、こうした問題傾向は、予備校であれば当然に熟知していますので、各予備校は、その対策として十分なカリキュラムを用意しています。予備校のテキスト、答練、模試等でしっかり勉強すれば試験範囲の申請はほぼ全てカバーできるはずです。補助者経験がなくとも、予備校のテキスト等で、私のように、合格に必要十分な実力を養成できるのもまた事実です。
さらに、補助者をすることで、試験範囲の申請を全てカバーできる訳ではありません。事務所によっては、経験しない申請もあるでしょう。私が受験した平成25年の商業登記記述において、100%減資という申請がありましたが、そもそも実務上100%減資をすることは、依頼者の多くを占めるであろう中小企業においては、ほぼ見られません。こうした特殊な申請は、補助者であっても経験したことがある人は多くはないはずです。
加えて、補助者勤務には、当然に制約も生じます。給与に見合う労働を提供することはもちろんですが、業務時間内は勉強をすることができなくなる恐れもあります。理解ある事務所であれば、空いている時間に勉強して構わないと配慮してくれるかもしれませんが、事務所によっては、法務局への書類引き取りや依頼者への引き渡しなどがメインになる場合もあります。その辺りは、もし、補助者として働くのであれば、当初の面談の際などに確認されるべきかもしれません。
私は、補助者経験なしで合格することができましたが、開業して色々と分かった今の状態で再度試験を受験するとしても、補助者を経由して受験しようとは考えません。日々のルーティン申請に慣れることもでき、また、試験範囲であるレア申請も経験できるかもしれないといった有利な側面があっても、それは十分に予備校のテキスト等でカバーできますし、むしろ、勤務することで勉強時間を筆頭に日常に色々な制約が生まれ、勉強効率が下がると考えるためです。
結局のところ、『補助者経験は、択一試験対策としては、あまり役に立たないが、記述試験対策としては、有利となる側面は存在する。』と結論づけられるのでしょう。但し、その有利さは、絶対的なものではありません。
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@40 さん
九条です。
有料記事の方、せっかく、完成のお祝いのコメントをいただいたのに、返事が遅くなってしまい申し訳ございません。
@40さんの今回の記事、興味深く読ませていただきました。
私も、この件については、@40 さんと近い考えを持っております。
試験で実務経験を要する問題は出題されるが、1問~2問(3点~6点)なので、補助者の実務経験よりも、専業受験になって勉強に割り当てる時間を増やすべきというような主張を有料記事に書いております。
ブログの方にも書いておりますが私は司法書士実務をしたことが無いため、自分の主張に自信が無い面がありました。@40さんの記事を読んで、実務経験のある方も、自分と近い考え方をしているのかと安心しました。
ただ、記述については少々盲点で、私はあまり記述を想定していなかったのですが、記述の方は実務経験があった方が少し有利というお話でしたので、勉強になりました。
私は受験生時代、記述が苦手だったのですが、これはもし補助者の実務経験があれば、多少なりとも克服できていたのかもしれません。
さて、私の有料記事の件なのですが、note には無料で記事を贈呈する機能があることが分かりました。
もしよかったら、@40さんが note のアカウントをお持ちであれば、その機能を使って贈呈させていただきたいと思っているのですが、如何でしょうか?(読んだからと、感想を求めるようなことは致しません。)
よろしくお願いいたします。
>九条さん
コメントありがとうございます。
有料記事の件、ありがとうございます。
では、お言葉に甘えて宜しいでしょうか。
先ほど、noteを登録してみました。とりあえず、コメント記事を公開しましたので、「司法書士試験」で検索して頂ければ、ヒットするかと思います。
まだよく使い方が分からないため、他に何かすべきことがあれば、お教え下さい。
宜しくお願い致します。