メタバース
先日、日経ビジネスサテライトか何かで、東京ゲームショウが開幕し、メタバースが注目されているとの報道を見ました。
メタバースという言葉自体は、ここ数年で浸透しつつある言葉ですが、メタバースが仮想空間でのサービスを指すのであれば、それ自体は、既に20年前位からありました。というのも、いわゆるMMORPGと呼ばれるインターネット空間におけるオンラインゲームもメタバースの一つですが、こうしたオンラインゲームは、2000年以降、既に人気を得ていて、メタバース云々の以前から、かなりのユーザー数を獲得しているからです。
オンラインゲーム空間においては、敵を倒して、ゲーム内通貨を得て、その通貨により装備を購入することが、当たり前に行われており、そこには、経済活動とでもいうべきものが存在します。
素材、装備の中には、需要の高まりにより、高額になるものもあり、各ユーザーは、それを手に入れるために、敵を倒したり、また、自分のいらない素材等を売ったりして、ゲーム内通貨を稼ぎます。また、こうしたMMORPGでは、素材から武器などの装備を作れるコンテンツも実装されており、中には、素材からこうした装備を作り、それを売却することでゲーム内通貨を稼ぐユーザーもいます。
こうした行為は、まさに現実世界の経済活動と一緒ですが、各ユーザーは、「経済」がどうだこうだとは、あまり考えず、ゲーム自体を楽しみ、強い敵を倒すために、良い装備を整える必要があり、その結果として、ゲーム内で装備、素材等の生産や売り買いが発生し、結果的に、それが経済活動につながっている訳です。
ゲームを運営管理するのは、通常、ゲームを製作した会社となりますが、このゲーム管理者たる会社は、ゲーム内の通貨供給量や各素材、装備等の供給量、金額を調整します。ある意味、現実世界における政府や日銀的な立ち位置で、ゲーム内経済をコントロールしているのです。といっても、こうしたゲーム制作会社は、ゲームを製作するプロではあっても、経済をコントロールすることに関しては素人ですので、多くのMMORPGでは、ユーザーからの経済バランスへの不満が渦巻いているのが常です。そもそも、現実世界においても、世界的な円安が進行しているのも関わらず、未だに効果的な手を打つことができない日本政府や日銀をみると、経済介入することの難しさを痛感しますので、それがゲーム世界であっても、同様なのでしょう。
また、時には、この経済活動が、ゲーム内に留まらずに、現実にまで広がる場合があります。こうしたMMORPGでは、珍しい素材や強い装備が、その人気から非常な高額になることも多く、ゲーム内で多くの通貨を得ることができない人が、現実の世界で、現実のお金を払い、ゲーム内通貨を購入する場合があります。これはRMT(リアルマネートレーディング)と呼ばれる行為で、大抵、ゲーム内での公平さを損なう理由から、ゲーム規約により禁止されていますが、ゲーム内の経済圏がいかに活発であるかを示すものではあります。
最近報道でみるメタバースとは、このMMORPGではなく、ビジネスを前面に出した仮想空間のことです。番組では、メタバース運営会社の責任者が、こう述べていました。
「若い人の間では、現実世界のファッションよりも、メタバース空間でのファッション(つまりアバターの洋服)に興味がある人が増えている。」
メタバース管理会社は、いわゆるサブスクで月額料金をユーザーに課金するか、あるいは、そこに参加する他社から手数料的な収益を得るのでしょう。そして、ユーザーは、その空間において、自分のアバターを着飾るために、例えばTシャツなどをゲーム内通貨で購入するわけですが、そのためには現実のお金をゲーム内通貨に換金する必要があるということが、この発言からはみてとれます。例えば、洋服のメーカーは、アバター用のオリジナルファッションをメタバース空間で販売し、収益を得るのでしょう。
しかし、こうしたビジネスを成立させるためには、そのメタバース空間がユーザーから見て魅力のあるものであることが前提です。「LINE」のように大多数の方がやっており、興味のあるなしに関わらず、やるのが当り前的な何か強制力が働けば別ですが、そうではない限り、その空間自体に魅力がない限り、いちいちログインする人がいるとは思えません。
メタバース空間において、例えば、あるユーザーがアバター用のTシャツを買う動機は、そのTシャツを着ることで、その空間において幸福感であったり優越感を得ることができるからですが、それには、そもそものメタバース空間が価値を持っていなければなりません。価値がない空間で、いかに着飾っても虚しいだけです。土地を買うとか、家を買うとかもできるような空間もあるようですが、それもまた、一緒です。
私が不思議に思うのは、もし前述のLINEのような強制力がないとすると、ユーザー獲得のために、一体どのようにメタバース空間の価値を高めるつもりなのかという点です。
結局のところ、そうしたメタバース空間の価値を生み出すためには、ユーザー間で多くのコミニュケーションを発生させ、各ユーザーが、そこで構築されている仮想社会との一体感を得られるような空間を作ることしかない気がします。MMORPGでの場合、ゲームそのものを楽しむという大命題とユーザー間のコミニュケーションの2本立てが、その仮想空間の価値となりますが、ビジネスを前面にしたメタバース空間では、ユーザーが楽しめるものは、ユーザー間のコミニュケーションとならざるを得ないからです。
ユーザー間のコミニュケーションを増やすには、結論からいうと、ログインユーザー数を増やすしかありません。ユーザーが多ければ、自然とコミニュケーションも増加していきます。ログインユーザー数を増やすためには、MMORPGであれば、ゲームそのものを面白いものにすればよいわけですが、ビジネスメタバースにおいては、一体何があるのでしょうか。
考えられるのは、その空間のグラフィックを向上させることです。綺麗な風景やユーザーの分身となる可愛いアバターを実装することで、ユーザー数を増やせる側面は、多くのMMORPGでも見られます。しかし、ビジネスメタバースのほとんどが、魅力があるとは言えないグラフィックで、その街並みもポリゴン丸出しであったり、昔のゲーム画面のような古臭いものがほとんです。
現状、優れた空間を作成するには、膨大な費用がかかるため、簡単ではないのでしょうが、こうした状況が改善されない限り、言葉だけ先行している現在のビジネスメタバースが実際に市民権を得るのは難しいと感じます。
ところで、MMORPGをやったことがある人であれば分かりますが、他ユーザーとのコミニュケーションがメタバースを発展させるために重要だとしても、実は、この仮想空間内人間関係というのも、結構面倒なものです。現実世界でもストレスを感じるのに、オンライン上でもまた人間関係で疲れたくはないという方は一定数います。この辺りも一つの障害にはなるかと思います。
メタバース自体を否定する気はありませんが、最近のメタバースという言葉の一人歩きを見ていると、少し違和感を感じます。
同じ番組で、あるコメンテーターが「現実世界の地球上で全てが開拓されつくしているため、メタバース空間が、いわゆるフロンティアとなり、可能性を秘めている。」との発言をしていましたが、かつての大航海時代やフロンティアスピリットと同義でとらえるのは無理がありますし、抽象的すぎて、いまいちピンときません。
何か、先進的なIT用語を使用して、無理にそこでビジネスを展開しようとしている気がしてしまいます。