開業時の記憶(決済編)

契約書

 以前のブログで、開業時に私が犯したミスについてご紹介しました。開業1年目においては、抵当権関連登記以外にも幾つか売買決済を担当することもできました。さすがに決済でミスはありませんでしたが、色々と悩むことも多くありました。

 売買決済業務はやることは単純です。しかし、利害関係者が多く登場することもあり、依頼から登記申請まで、スムーズに進むことよりも、何かしらの問題が発生することも少なくありません。特に、事業用の不動産売買などにおいては、一般の戸建用土地等の売買に比べ、その傾向が高まります。

 現在私の主な売買決済は、事務所近辺エリアでの業務が多く、そのほとんどが戸建用の土地あるいは建売住宅などです。こうした手続においては、地元の不動産会社やハウスメーカーが主導となり、手続が進んでいきますが、皆さん業務に慣れている方が多いので、私のような司法書士が、決済までに特段何かをする必要はありません。登記記録も複雑ではなく、稀に地役権や買戻し権が付いている程度です。決済日までにやることといえば、見積書と必要書類を案内し、権利証の確認をするくらいです。ただ、権利証の確認作業も信頼できる仲介業者等の方がやってくれる場合がほとんどなので、ある意味、司法書士としては、非常に助かっています。

 これは、以前のブログで述べたことですが、一般的な戸建関連決済では、地域差もあるでしょうが、司法書士を選定するのは、不動産会社又はハウスメーカーとなっています。金融機関が、司法書士を決めることは稀です。これは、顧客たる買主にとっては、昨今の低金利政策もあり、どこの金融機関で住宅ローンを組もうが、変動であれば0.5~0.7%前後(2021年8月現在)の金利となることが多く、さらに、そのローン条件も大した差はありません。よって、買主にとっては、不動産を購入する上で、必ずある特定の金融機関で借入をしなければならないわけではありません。こうした背景があることから、買主が不動産の買付証明を提出した時点で、不動産会社が懇意の金融機関を紹介することも少なくなく、そのままその金融機関が融資金融機関となることが多いように見受けられます。ハウスメーカーであれば、住宅仮申込みの時点で、メーカー側で資金調達も合わせて提案するため、尚更こうした傾向となります。

 しかし、開業時に首都圏などで担当した決済業務では、ちょっとこれとは異なる側面が多くありました。首都圏等を中心に全国の事業用案件を幾つか担当したのですが、その依頼元は金融機関でした。東京等で登記業務を行っている方は、ご存じでしょうが、東京の事業用不動産の登記記録というものは、非常に複雑です。登記情報を取得すると、1筆で十数ページが及ぶことも少なくありません。差押えが入っていたり、何個もの担保権が付いているのは当たり前で、さらにその担保権は移転を繰り返し、一瞬で特に乙区の現在の状況を把握するのは簡単ではない場合も多くあります。

 戸建用土地等の場合は、前述のとおり、その手続の中心的役割は、不動産仲介会社等が担い、司法書士が決済日までに特段何かをする必要はほとんどありません。しかし、こうした事業用不動産の場合、融資金額が高額となることから、手続の主体は金融機関となることが多く、その場合、各金融機関のスタンスにもよるでしょうが、司法書士が主導的立場で手続を進行する必要が生じることが多いような気がします。金融機関から私に、「これが不動産会社、買主、売主、抹消金融機関の連絡先です。あとは先生お願いします。」といった感じで登記申請に向けた手続が始まることよくありました。

 私は、もともと、営業職だったこともあり、誰かに連絡をすることは苦になりません。また、手続の主体となることで、手続の全体を把握し易くなり、また、直接相手方とやりとりできることも効率的な業務につながることから、手続きを丸投げしてもらう方が、むしろ楽な場合もありました。

 こうした場合において求められる能力は、司法書士としての実務経験というよりも、むしろ社会経験やこれまでの人生経験の方かもしれません。以前、「開業と勤務」のブログにおいて、必ずしも決済業務を多数経験することが司法書士としての成長には繋がらないと述べましたが、専門的な知識分野よりも、社会性やコミュニケーション力などの成長が大きく、人間として成長できる側面はありますが、それらは、司法書士事務所だから学べる特有の経験とはいえないからです。

 司法書士業務に限らず、人間対人間の間では、ちょっとした空気感のすれ違いで、物事がスムーズに動かなくなることもあるのはご存知のとおりです。例えば、抹消金融機関が非協力的な場合も現にありました。「決済場所には行かない。弁済金の着金後に解除証書を店頭で渡す」、借り換えなどにおいて「借り換え先の金融機関には行かない」などです。こうした場合にも、手続が滞らないように、相手方と交渉するなどして、落としどころを探る必要もありました。

 また、依頼元の金融機関からは、全体の手続のみを説明され、登記に関しては、それに即した申請をこちらが提示する場合もありました。例えば、こちらの事務所ブログ(「根抵当権の有用性」)でも投稿しましたが、できるだけ、顧客の負担、つまり登録免許税がかからない方法などを提案したこともあります。

 また、登記の書類についても、一般的な戸建関連登記では、金融機関所定の抵当権設定契約証書がほとんどであり、司法書士は与えられた書類に従って登記するだけですが、こうした事業用の手続においては、それ以外の登記原因証明情報を作成する必要がある場合をも多く、私自身も非常に勉強になりました。

 今後、地方ではなく、大都市、特に東京で登記業務を行う方がいるのであれば、事業用の高額な不動産も多くあり、地方の決済業務(中央研修で学ばれるような内容)とは少し異なる面があることは知っておいた方がよいかもしれません。

 ところで、手続上の問題だけであれば、それを交渉していけばよいだけですが、中にはそこに留まらない問題が発生する場合もあります。これは、事業用不動産の決済に限らず、また、決済業務だけの話しでもありませんが、中には、司法書士の職責上、明らかに受け入れることができないことを言ってくる人もいます。

 開業時において、実は、一番頭を悩ますのは、こうした際の対応です。特に、登記業務を中心に行うのであれば、司法書士の倫理観を問われるケースというのは、頻繁に発生します。

 相手方が、受け入れられないことを要求してきた場合、その要望を拒絶するというのは、簡単ではありません。実務に慣れてくると、拒絶するという結果は同じであっても、そうした場合における対処の方法も慣れてきますが、開業されたばかりにおいては、そもそも手続の空気感が分からないでしょうから、例えば、「他の司法書士に頼んだらこうやってくれた。ああやってくれた。」などと言ってくる人がいると、対応に困ることもあるでしょう。

 もちろん、司法書士の職責又は倫理上、絶対に譲れない部分は、何があっても譲れませんから、あとは結局のところ粘り強く交渉していくしかありません。

 開業された際は、自分の考えがいわゆる手続慣行上ずれているのではないか等の心配をされることもあるかもしれません。また、相手方が強い主張をしてくることもあるでしょう。こうした際に、司法書士の職責、倫理観と照らし、自身が間違っていないのであれば、そこは決して中途半端な対応はしないことです。

 開業時のお勧め書籍について説明した投稿でも紹介しましたが、以下の書籍に目をとおしておくと、随分業務の助けになるかと思います。

 

 売買決済は、そうした問題が端的に表れやすい手続ではありますが、他の手続においても、色々と頭を悩ますことももちろん発生します。

 以下のリストは、1年目~3年目頃に、決済において、私が経験した事例です。とりあえず思い出せる範囲で記載してみました。実務知識うんぬんというよりも、司法書士としての姿勢がためされる事例もありました。

 

私が実際に経験したこと
決済において、売主の印鑑が欠けていた
決済において、売主が、当日、権利証を忘れた
決済において、売主が、当日、実印を忘れた
決済において、売主が、当日、印鑑証明書を忘れた
法人(家族経営)の代表者が、決済に行かないとの連絡があった
遠方在住の高齢売主(90歳超)が、決済に来られないとの連絡があった
登録免許税が、1千万円以上となった(郵送申請)
決済において、抹消金融機関が海外の金融機関だった
売主が外国人だった
根抵当権移転及びそれにともなう変更の契約書を作成して欲しいと依頼された
決済において、抹消金融機関が、当日、決済場所に行かないとの連絡があった
決済において、売主側に司法書士がついた(京都方式)
第三者のためにする契約での決済を依頼された

 登記業務がメインであれば、上記のうち幾つかは、ほとんどの方が経験するような事例です。実務上の手続に関する検討に留まる場合もあれば、倫理観や職責に照らして判断をしなければならない事例もあります。上記に記載したもの以外にも、そうした倫理観を試されるような事例は、これまでいくつも経験しています。各司法書士は、このような事例において、自身で考えどうするかを決断しなければなりません。

 未経験で開業されるのであれば、まず心配されるのは、自身の実務経験のなさかもしれません。確かに、専門的な手続を滞りなく遂行することは重要です。しかし、同時に、それ以外の面においても、実は多くの悩ましい状況が発生するのが実務です。各所属司法書士会等でそのための研修等も用意されているでしょうから、しっかりと準備されるとよいと思います。

 

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