仮登記の抹消(先例と実体法)
受験時の知識は開業しても非常に有用です。受験時に培った知識を明瞭に保持し続けることができれば、実務においても大きな助けとなります。しかし、開業すると、経営的な観点からどうしても偏った業務になったり、また、ルーティン的な業務の繰り返しになる場合もあり、その結果、せっかく受験で培った知識も徐々に薄れていくのが一般かもしれません。
以前のブログで、簡単な登記であっても、出来るだけ確認作業を経由すべきと投稿したとおり、私も理想はそのようにすべきと理解はしていますが、さすがにいつも内容が一緒の地元金融機関からの抵当権抹消登記、抵当権設定登記、一般的な戸建関連売買登記などにおいて、都度、先例や不動産登記法にあたり申請書を作成することはしていません。こうした現状は、ほとんどの司法書士事務所において、同様だと思います。
特に登記業務をメインとするのであれば、尚更こうした繰り返し業務が多くなりがちです。私も、先般の民法改正などにおいては、改正分野を自分なりにまとめたレジュメを作成し、理解を深めようと努め、その時点では知識を吸収することができましたが、それを実務で実際に生かす場面が乏しければ、そうして得た知識も、また薄れていってしまいます。この点は、民法を勉強し終わり、会社法を勉強すると、民法の知識があやふやになる受験時の状況と似た面があるかもしれません。
おそらく、このような状況は、どの司法書士、また弁護士等の他士業であっても、多くの専門家が抱えるジレンマかもしれません。自分の業務に関係しない専門知識を常に持ち続けるのは簡単ではありません。以前、開業前の研修で、ある方に「常に全ての知識を明瞭に保つことは不可能なのだから、何か不明な点があった際に、書籍等のどこを又は何を確認すればよいかを知っておくことも専門家として大切」というようなアドバイスを受けたことがあります。
また、その方からは、「簡単な業務であっても、法的思考を持ち、業務にあたることが重要」というような趣旨の助言も頂きました。開業すると、日々の業務に追われ、それがいわゆるルーティン的な業務であれば、尚更、業務をこなすことだけに追われてしまいがちですが、そうした姿勢を常に持つことが重要だなと日々感じることがあります。
ところで、登記業務においては、司法書士が参考にする先例が存在します。レアな事例や難解事例があると、司法書士は、都度、「登記研究」などを参照し、その事案の参考となる質疑応答や通達などがあるかどうかを確認します。
先日、ある抵当権移転仮登記及び抵当権設定登記の抹消の申請をしました。登記記録は、以下のとおりです。
(乙区)登記記録
1番 抵当権設定 平成20年1月1日金銭消費貸借同日設定 抵当権者甲 債務者乙(所有者)
1番付記1号 抵当権移転 令和1年1月1日債権譲渡 抵当権者A
1番付記2号 抵当権移転仮登記 令和1年2月1日債権譲渡担保 権利者B
仮登記ではなく、本登記により抵当権が移転をしている場合、当該抵当権を抹消する際には、移転後の抵当権者と所有者が共同で申請することとなります。これは、債権譲渡により、当該抵当権で担保されている債権は、移転後の抵当権者に移転しており、当該抵当権は、移転後の抵当権者への弁済等によって、絶対的に消滅することからも、当然の帰結です。
上記の登記記録を見ると、1番付記1号で、まず抵当権が移転され、さらに付記2号で、再度抵当権が移転しています。付記2号は、1号仮登記であるため、登記上は仮登記ですが、実体上は抵当権は確定的に移転しており、登記手続上、付記2号移転仮登記の本登記申請を行うべきか否かの議論はあるにしろ、所有者のBへの弁済等により、Bと所有者で当該抵当権を抹消できるような気がします。私も当初、まずそう考えました。
しかし、1番付記2号の原因が、一般的な「債権譲渡」ではなく、「債権譲渡担保」となっていることに、少し違和感を抱きました。確認したところ、Aは1番付記1号の抵当権を移転するにあたり、甲より債権を購入したわけですが、その際に、当該債権を購入するためにBより融資を受けており、BはAが購入した債権を担保として、譲渡担保権を設定しているとのことでした。
この付記2号抵当権移転仮登記は、譲渡担保権が設定されたことにより、債権がBに移転し、その結果抵当権も随伴性により移転したことを公示しています。確かに、試験範囲でもある譲渡担保権の所有権的構成からすると、当該抵当権で担保されている債権もBに移転しているとも解することもできますが、あくまでもその所有権は形式的なものであること、Bは、AB間の債務が不履行となってから、譲渡担保権の実行により、乙A間の債務の弁済を受けることができるに過ぎず、AB間の債務不履行が発生していない状態で、Bが所有者乙より弁済を受けることについては疑念が生じます。
また、本件における実体上の手続は、①まずAがBにAB間の債務を弁済し、Bが譲渡担保契約を解除②その数日後に、所有者乙がAに乙A間の債務を弁済するという時系列で行われることもあり、乙とBで当該抵当権を抹消することは、実体上の手続とも乖離する気がしました。
結論からいうと、本件においては、まずAとBで1番付記2号仮登記を抹消し、その後に乙とAで当該抵当権を抹消しました。
試験においても、仮登記の分野は搬出です。仮登記の抹消に関しても、幾つかの事例が示され、どのように抹消するかにつき、勉強されることでしょう。そうした仮登記の論点の多くは、まさに登記研究などに記載された質疑応答や通達などを根拠に出題されます。
上記のような事例は、地方ではそれほど頻繁に発生する登記ではありません(首都圏などで事業用の大規模案件を中心に業務されている方であれば、このような登記は珍しくないかもしれません)。実務において、こうした登記が発生すると、試験知識を思い出し、実際に先例を探し、又は書籍などを参考に業務を行うこととなるでしょうが、事例によっては、完全に一致する先例もなく、又どの書籍にも記載がない場合もあります。上記事例においては、例えば、まさに試験論点でもある以下の質疑応答などを見て、結論だけの確認に留まると、所有者と仮登記名義人Bで抵当権を抹消できると判断するかもしれません。
登記研究605 P161 カウンター相談(質疑応答7657)
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甲所有の不動産について、乙名義の抵当権設定仮登記が設定され、次に丙名義の抵当権移転仮登記が付記登記でされている場合において、その抵当権につき弁済等の消滅原因が生じたときは、丙は単独で、又は甲と共同して、乙名義の抵当権設定仮登記を抹消できると考えますが、如何でしょうか。
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ご意見のとおりと考えます。
質疑応答6301(反対の見解)は変更されたと了知願います。
上記の質疑応答を実際に登記研究上で読むと、何故そうした結論になるのかにつき詳しく説明されています。登記というのは、実体上の効果を公示することが目的ですが、この事例では、実体上、債権及び抵当権は丙に移転しており、仮に本登記で設定及び移転された抵当権であれば、移転後の抵当権者丙と所有者甲とで当該抵当権を抹消できるわけですから、これが仮登記(1号)であったとしても、実体上の効果には変わりないことから、この質疑応答における結論は当然ともいえます。
質疑応答や通達といった先例は、試験勉強中であれば、結果を確認するだけで足りる場合もありましたが、実務においては、何故そのような結論になるのかを把握することが必要となります。先例とは、あくまでも実体上の法的効果が前提としてあり、そのうえで、それを公示するための登記手続について説明された指針に過ぎません。手続ありきではなく、実体上の法的効果が優先するものである以上、むしろ結論だけを確認して済ませることは、誤った判断に結びつく場合もあります(ある意味、その実体上の法的効果と登記記録上の公示手続の調整こそが登記の奥深さでもあるのでしょうが。)
さすがに、完全に一致する先例があればそれを参考にすればよいだけですが、今回のような事例も稀に発生します。そうした際には、実体上の法的効果についての検証が必要となります。
司法書士は、試験自体も暗記の側面が強く、実務の登記業務においても、不動産登記法や先例に従って登記をすることとなり、何かよるべき根拠を探すくせがついています。もちろん、これは、司法書士として必要な執務姿勢であるとも思いますが、一方で、先例の前提となるそもそもの法的効果について、自分自身で判断し、結論づけることも、また重要だと、あらてめて感じました。普段、ルーティン的な登記を多くしていると、物権変動の法的効果について検証することよりも、業務をこなすことを優先しがちとなる側面が、私にもありますが、登記手続を申請するうえで、日々、こうした執務姿勢を忘れずに持っていないといけないと、再確認することができた事例でした。
その他参考先例
登記研究754 P189 カウンター相談
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抵当権の被担保債権を譲渡担保に供した場合にする抵当権移転の登記の登記原因は、「債権譲渡担保」とすべきと考えますが、如何でしょうか。
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ご意見のとおりと考えます。
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