「立派すぎる」選任を証する書面(宗教法人の代表役員選任書)

宗教法人住職

 開業すると、試験では全く学ばないような事案にも遭遇します。例えば、株式会社関係登記や不動産各種登記であれば、試験範囲であることもあり、仮に実務上の経験が全くなくとも、各事案毎に、何をどうすればよいかにつき、何となくではあっても判断できるでしょう。

 しかし、何事も初見で経験がない事務をやるというのは、法的な理解があっても、怖いものです。私も、初めて株式会社の設立登記を申請する際には、ドキドキしながら申請をしたことを覚えています。

 未経験であれば、会社登記や不動産登記といった、ある程度の試験知識がある事案でさえ、最初は色々と多く悩むこととなるでしょうが、時には、試験で全く学んでいない事案の依頼がくることもあります。

 例えば、破産申立書作成や債務整理なども試験では勉強しない分野の業務となりますが、登記実務においてよくあるのは、医療法人系の登記です。医療法人は、毎年「資産の総額」の変更登記をしなければならず、また理事長任期も2年と短期であるため、頻繁に登記が発生します。医療法人の数は多く、結果、司法書士事務所においては、この医療法人の登記はメジャーな業務となっています。

 一度経験してしまえば、大した手続ではなく、開業前であっても、補助者として既に経験されている方も多い登記でしょう。しかし、私のような未経験開業者にとっては、こうした試験範囲でない分野の手続においては、それが簡単な業務であっても、一から勉強することが必要となります。

 私の場合は、まず、書籍を購入することろから始めました。テイハン「法人登記書式精義第3巻」をアマゾンで取り寄せ、「そもそも医療法人とは何か」から勉強し、どのような法令に基づいて設立され、どのような規定がおかれているのかを確認しました。

 どの法人であっても、株式会社と似ている部分もあるので、理解を深めることはそこまで難しくはありませんが、未経験であれば、こうした勉強が必要となります。正直、医療法人の資産総額変更や役員変更登記は、法務省のHPにも記載があり、それを用いれば、法令への造詣がなくとも手続はできてしまうかもしれませんが、やはり司法書士としては、こうした姿勢は大切だと思います。

 他にも、マンション管理組合法人の設立なども経験することができましたが、開業すると、こうした会社以外の法人関係登記事案が稀に発生します。地方であれば、意外と会社ではない法人は多く存在し、尚更そうした依頼は多くなるかもしれません。その中で、以前、ある登記において、面白い役員の選任書があったのでご紹介します。

 事案は、宗教法人の目的変更及び代表役員の変更登記です。

 そもそも、宗教法人自体が、聞いただけで、何となく一般の法人とは異なる匂いがプンプンする法人です。もちろん、試験では宗教法人について全く触れられませんので、医療法人と同じように、一からの勉強となりました。まず、アマゾンで「法人登記書式精義第5巻」を取り寄せました。余談ですが、今現在、結局何だかんだで、いつの間にか、「法人登記書式精義シリーズ」は全5巻揃ってしまっています。1冊1万円程度しますので、最初から全て揃える必要はありませんが、あると非常に重宝するのでお勧めです。

 「なるほど、会社の定款にあたるのは『規則』というのか。」、「ふむふむ、目的は規則記載事項であり、その規則の変更には知事の認証がいると。」、「規則の変更は、責任役員会で行うのか。」

 本当に、一からの勉強でした。基本は、株式会社の規定と共通する部分もありますが、宗教法人は少し他の法人と毛色が違う面もあり、その分大変でした。

 宗教法人の登記においては、目的変更のような規則変更の際には、所轄官庁の認証書が必要となりますが、各宗教法人(各お寺)の総本山である法人(〇〇宗)が発行する書面が別に必要となることもあります。各地域の各宗教法人は、浄土真宗であっても、日蓮宗であっても、時宗その他宗派であっても、総本山により任命された人が住職となり、その人が法人上の代表役員となっています。また、規則上に、「〇〇する際には総本山(〇〇宗の代表役員)の承認が必要」と規定されていることがあり、この場合も総本山の承認が必要となります。

 あくまでも、各宗派大元の総本山たる法人があり、その下に、各お寺である宗教法人があるわけです。各お寺の代表役員も、総本山が任命するということは、登記上で必要な選任を証する書面も、その総本山が発行した書類となります。

 株式会社の登記などにおいては、選任を証する書面(主に株主総会議事録)は、A4又はA3のオフィス用紙を使用することが通常でしょう。大抵は、株主総会議事録だからといって、特段、厚紙などを用いることもなく、司法書士事務所で使用しているコクヨ等の普通の紙を用いることとなります。

 当初、代表役員の変更登記に、総本山発行の「資格証明書」と題するA4の用紙を添付して申請したところ、法務局より補正の電話がかかってきました。ちなみに、その資格証明書には、「〇〇が、〇年〇月〇日、総本山より〇〇寺の住職に任命され代表役員に就任した。」との文言がありました。もちろん、総本山たる法人の代表役員の記名押印もあり、これが選任を証する書面として十分適格だと考えたのですが、どうやら、これでは足りないようでした。

 登記官が言うには、この選任を証する書面ではなく、実際に選任した書面を提出して欲しいとのことでした。そのため、依頼者にその旨連絡し、その書類を取りに伺うこととなりました。一応、これまでの依頼者との会話の中で、他にそうした書面があることは知っていたのですが、当初添付した資格証明書で足りると考えていたこともあり、それまで実際にその書面を見たことはありませんでした。

 目当ての書面は、大切に保管されていました。お寺さんにとっても、総本山から発行された重要な書類ですので当然です。

 厚紙で、縦書きの筆で記載された立派な書類で、何かの賞状のような書面というと分かりやすいかもしれません。グーグルで「住職 任命書」などと検索してもらうと、たくさんそれらしき画像が出てきますが、おそらくそれです。色々な形式があり、「住職に任命する」と記載されているものあれば、「任〇〇〇寺住職」と記載されているものもあります。

 その大事な書類を持ち帰ることになったわけですが、私も、実物を見たとき、「これを提出するの!?」と少し戸惑いました。また、依頼者の新住職(新代表役員)からも、「提出するのはいいけど、戻ってきますか」と特に尋ねられました。もちろん元々原本還付するつもりでしたが、ここまで立派な書類だとそのように心配になる気持ちも分かります。

 お寺さんの代表役員、つまり、住職は、株式会社のように頻繁に変更される役職ではありませんので、もしかすると、もう経験することはない業務かもしれません。しかし、滅多に見ることが出来ないこの立派すぎる選任を証する書面を見ることができたことは、仕事の範囲を超えてよい経験になりました。

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