商業登記の特徴(役員の住所変更登記の要否)
司法書士試験の勉強中、登記、特に不動産登記においては、物権変動を時系列順に登記することを学びます。もちろん、便宜省略できるような登記も多くありますが、不動産登記の記述試験においては、いわゆる順番ミスによる枠ずれなどがあると、大きな減点対象となってしまいます。
したがって、この時系列を順番に登記するという大原則が、受験時代から意識の奥の方に刷り込まれているためか、開業後の実務においても、その原則と異なる登記を申請する際には、気を使いますし、違和感を感じたりします。
特にその違和感は商業登記において顕著なのですが、これには、商業登記が不動産登記とは異なる特徴を持つことが影響しています。
もちろん、商業登記においても、この基本時系列毎に登記をするという原則は一緒です。また、不動産登記のように、便宜省略して登記することができる先例等もあります。例えば、以下の重任登記の先例は有名です。
質疑応答5152
- 株式会社の代表取締役が重任する場合、住所が登記簿の記載と相違していても、重任の登記は受理して差し支えないと考えますが如何でしょうか。この場合、同一性を証する住民票等の書面の添付も必要ないと考えますが、如何でしょうか。
-
前段、後段、いずれも意見のとおりと考えます。
これ以前の先例では、住所変更登記を要する旨の内容のものもありますが、現状は、上記先例が手続における指針となっています。
不動産登記においては、住所が変更されている場合、住民票などの公的書類が必要となります。何故なら、不動産登記においては、現在の登記記録からの連続性を重視し、権利者と義務者による共同申請を原則とすることで、その真正を担保する構造となっているためです。つまり、一旦、虚偽の事実が登記上に記録されてしまうと、その虚偽の事実をもとに次の登記記録が作成されかねず、それを防ぐためにも、権利者義務者双方による申請の前段階での確認が要求され、そうした確認は真正な住所記録があって初めて可能となるからです。
住所変更登記を省略できる抵当権抹消のような消す登記においても会社法人等番号や住民票等の添付が要求されます。また、売買において、売主が古い住所で登記されていると、買主は、売買契約の相手方が登記上の売主と同一人かどうかを確認することはできません。そのため、こうした場合に住所変更登記を省略することもできず、もちろん住民票等の添付も要求されるわけです。
一方、商業登記においても、登記の真正を保つことはもちろん重要ですが、不動産登記に比べ連続性を重視していないことから、不動産登記ほどの厳密な運用はされていません。むしろ、真正な申請人からの申請であるかどうかこそが重要視されている印象があります。したがって、上記のような場合、真正な申請人、つまり、届出印を押印した代表取締役等からの申請であれば、その内容が会社法等の法令に反していない限り、住所変更登記を省略して、しかも証明書の添付をすることなく、手続きが可能となっています。もちろん、通常は、法務局から、株主総会議事録等に重任する者が前の取締役等の同一人である旨の記載をすることを求められますが、連続性重視することで虚偽の登記を防止するために工夫された不動産登記と異なる商業登記の特徴が出ています。
と、まぁ、こうした不動産登記と商業登記の差異は、司法書士であれば、誰しも感ずるところですが、実体に即した登記を時系列に沿って申請する不動産登記を中心に日々業務ををしていると、商業登記のこうした特徴は理解していても、上記のような先例は、やはり何かしっくりこない印象があります。
つい先日も、こちらのブログで投稿した選任懈怠による役員変更登記を申請する際に、そんな感覚を抱くこととなりました。
選任を懈怠していた権利義務取締役が、最近住所を移転していたため、住所変更登記の要否を検討し、上記の先例なども当たりましたが、まさにこれ!といった先例もなかったため、不動産登記の考え方から、時系列毎に登記すべき事項を記載し、申請することをまず検討しました。
しかし、よくよく考えると、選任懈怠で退任の場合の日付は、本来退任すべきはずだった過去の株主総会の日となります。登記上、その時点が退任日として記録され、あらたに現在の日付が就任日として記録されるわけですが、退任が記録され下線で抹消された代表取締役が住所変更というのも、記録としておかしな内容となってしまいます。
- 代表取締役甲野太郎 平成30年1月1日 退任
- 代表取締役甲野太郎 令和 3年1月1日 住所移転
- 代表取締役甲野太郎 令和 3年2月1日 就任
結論として、上記のような記録は、商業登記においては、不可であり、結局のところ、上記重任登記の先例と同様に、同一性を示す株主総会議事録等の再任書面により、住所変更登記は省略して登記するしかありません。
不動産登記が、連続性をもつことにより、その真正を担保する側面があるのに対し、商業登記においては、個別性を重視し、あくまでも現在の状況が記録に反映されていればよいという、両者の違いが表れています。
正直、記録形式を変更すればよいだけですので、商業登記を不動産登記のような記録とすることも技術的には不可能ではないのでしょうが、商業登記においては、仮に虚偽の記録がなされたとしても、不動産登記のように直接的に2者間の問題となるわけではなく、間接的には他者に影響を与える場合はあるにしろ、1個の会社内部の問題として解決できることからも、あえて不動産登記のように厳格に連続した記録形式とはしていないのでしょう。
そういえば、受験時、不動産登記記述は、物権変動順で解答していきますが、商業登記記述は、解答欄の登記すべき事由や登記すべき事項欄に、日付順で解答する必要はなく、個別に役員変更や資本金増額などの決議事項につき解答していけばよかったことを思い出しました。
商業登記においては、他にも記録形式上の問題があるのですが、受験時や開業以降も、そもそもの登記の意義や特徴については、なかなか腰を据えて顧みることは少ないのが現状です。しかし、こうした事例に遭遇すると、都度、違和感や迷いは感じますが、改めて登記について考えるよい機会になったりもします。
にほんブログ村